1月22日、スローライフ学会会長の増田寛也さんから恒例の「新年メッセージ」があり、またスローライフ活動の昨年の報告と今年の方針も話し合いました。




 <増田寛也さん講話>
昨年末に安倍さんが首相になりガラッと変わりました。3年前の2009年9月に民主党が政権についた時ほどの違和感ではないですが、私にはまだなれない感じです
 年末のクリスマス、大晦日の除夜の鐘、新年の初詣を通じて、日本人の寛容な宗教観といいますか、和を尊ぶ民族性を感じました。その一方、アルジェリアの殺伐とした事件を見ていると、根っこは宗教対立で理解を超える根深さがある。日本人の理解や想像力をはるかに超えたところで起きている。世の中から宗教対立はなくならない。東西冷戦を乗り越えたかに見えたが、宗教の問題は日本人の理解を超えることがこれからずっと続くだろうと思います。
 大鵬関が亡くなられました。どの新聞も「巨人・大鵬・卵焼き」で、一時代が終わった、と。ある種感傷をこめて「これで残り香のようなものが完全に消えてしまった」といったまとめ方もあった。大鵬の活躍を知っている最後の世代の方々が、自分たちの青春が過ぎていったということを自覚するという意味でそういった表現をされているのかと思います。まさに「三丁目の夕日」に出てくるような時代で、日本が上がり調子になっていく時代、巨人があり、大鵬がいて、生活の中には卵焼きがあった。確実に極めて日本的なほんわかとしたものが消えていってしまったように感じさせる出来事でした。
大晦日は紅白歌合戦を見ます。ほとんど知らない歌ばかりですが、美輪明宏さんの「ヨイトマケ」の歌を聞きました。家内と7歳違いますが、ヨイトマケの意味がわからなかったですね。時代が違うのかなと思いました。ヨイトマケの唄を50年ぶりに聞いて、時代がひとつ回ったなと感じられました。
 最近では、個人個人で夢や目標、ビジョンを懸命に思い描くということはあると思いますが、国全体、公的なところで長期のビジョンを、知恵を出し合って練るということがほとんどなくなりました。先のことではなくて当面の問題、この1、2年のことをどうするかということは話をする。企業も、株主に対する業績評価で良い成果をもたらさなければいけないということで、スピードが大事で短期間の成果が求められております。
世界的に官・民を問わずこうしたことが言われています。21世紀になってますますその傾向がつよくなってきました。将来的なビジョンよりも短期のことを達成しなければいけない。 そのためには、強いリーダーシップを行使しろということが求められる。それはトップダウンであり、カリスマ性を持ったリーダーの出現を求める時代になってきたようです。
その背景にはグローバル化が進み、国境を越えて大競争の時代となり、地域もなにも競争に勝ち抜かなければいけない。少し前は、新自由主義を象徴的に言われましたが、その先は、官から民だということでした。小泉政権の頃がそうでしたが、規制緩和をされた民間が最適解を競争の中で出していく。官から民へどんどん移して、そのために規制緩和で官の世界を民間に市場開放し、競争する。国全体も小さな政府にする。
小さな政府という部分で伝統的な地方分権論者と意見が一致しますが、国を小さくし、ほとんど民間開放します。公的な部門で民間に移せないものはある。それは国ではなくて地方に移すということでした。新自由主義的な人も強力に地方分権をおっしゃるけれども、考えている地方分権と少し違っていて、強い都市が伸びていくような地方分権であり、自治体どうしで格差を是正するような、仕組みで言えば地方交付税は汗をかかない制度なので、それは止めよう、それぞれの地方が自助努力をしようということでした。これがグローバル時代を勝ち抜くための方法である。そのためにも、分権は必要だということでした。
それが昨年あたりから、官主導が戻ってきた気がします。民間がやってもうまくいかないための疲弊が、世界的に起こっている。日本は公共事業を復興とからめたり、笹子トンネルの落盤事故もあって、公共事業が復活してきていますが、世界的にも各地で官が主導したファンドのようなものを作ることで、経済を回していこうとしています。ヨーロッパにもギリシャ、スペインに危機があり、アメリカも多少景気が回復してきたとは言え、オバマさんの二期目も厳しいものがある。中国はもともと国家社会主義的なところもあるので、中国も含めて、中央主導で、トップダウンのカリスマ性の強いリーダーシップを待望しているような感じがします。
 これが良いことなのかどうなのかといいますと、これは少しちがうのではないかと思います。大阪の桜ノ宮高校の体罰の問題がありました。体罰の問題は、根深い気がします。議論を見ていると、首長も教育の中身については言えないので、予算執行権をかざして、体育科だけ入試を止め、スポーツにウエイトを置いた普通高校にするということになった。ワーッと言い出して良い解決をしたということで、このまま終わってしまうと、あの高校だけでなく、相当深く浸透しているだろう体罰の問題をどのように考えたら良いかということに繋がらず、高校の入試問題の適否だけに問題がすり替わってしまったような気がします。
 一人スーパーマン的な人がいると、自治体の中でストップをかける人がいなくなる。独善的な人は、良いことをやる場合もありますが、しばらく経つと、周囲は怖くなって何も言えなくなりいろいろと問題が出てきます。トップダウンの強いリーダーシップがハマれば良いけれども、往々にしてそうでないことがあるように思います。
 日本は東日本大震災という危機的なことがあり、ヨーロッパはEUという壮大な理念のもとに国家統合、通貨まで統合するということ自体、相当な強い意識のすり合わせの上でできたわけですが、戦争、石炭等のエネルギーの共同体から、長い歴史の上で出来上がってきたEUをもっと進化させるかという時に、あのような危機が出てきた。アメリカも国家統合の危機。オバマさんの二期目が大変だと思いますが、せっかく「チェンジ」ということで、まとまったものが4年間でやっぱり分かれてしまいました。時代の要請がスピードスピードで当面の対策を求め、しかも上からということが、この1、2年非常に強く出てきているように思いますが、こういう時だからこそ、ひとりひとりの能力をどのように発揮させていけば良いのか、ひとりひとりの感情をどうコントロールしながら融和できる世界を作り上げていくのかといったところに、もっと知恵をだしていかなければと思います。
 スローライフ学会では去年、高岡でフォーラムを開催し、スローライフ逸品を集めました。なるほど工夫しているな、と思えるものがたくさん出てきていました。地域の力や宝は地域の人たちが一番よく知っているので、地域の人が主役で、彼らに任せていろいろなことがやれるようになれば良いと思います。一方で、地域には当たり前過ぎて見えない、気づかないこともある。「がんばらない」というのも岩手の外から見ると新鮮なことなのかなと思いました。地域の人だから見えないという部分もある。あくまでも地域の人たちが主役であり、そこにいるひとりひとりの能力が最大限引き出されるようなことにつながれば良いですね。フォーラムを開催することで、その気づかないことに気づいてもらえれば、良い力が発揮されるだろうと思います。もちろん、はじめから「気づかないだろう」というような思いで行っては傲慢であると取られるかもしれません。謙虚で、慎ましやかでありながら、互いに何が気づかないところなのかを、知りあいながら、一人ひとりが、地域地域が前に向いて行くということが必要だと思います。
 大きなビジョンや目標が、議論しなくなったし、そういうことは、今の時代に不要だ。時代が大きく変わるんだから、そういうことを言っても時代が違うというような、貶めるようなことになっているように思います。目標について熱く議論することがもっともっとあって良いのではないか。それを人に押し付けるのではなく、その兼ね合いをわきまえた上で熱い議論ができる場があればよいなと思います。「さんか・さろん」や地域でのフォーラムが、時代が忘れているものに多くの人に気づいてもらえる場になれば良いなと思います。
 3.11直後に、東北の人たちが世界に見せてくれた振る舞い、規律があり、お互いに助けある姿。極限状態でみせたものが本来日本人が本来もっているものではないかと思います。悪く言うつもりはありませんが、ハリケーンのカトリーナやスマトラ地震の後に出てきたもとは違うことを、東北の人たちが示してくれました。震災直後に現地に入った外国メディア、中国メディアまでもがそういう日本人の姿を伝え、見方が変わったところがあると言われています。日本の地域地域にそういうことを示してくれる人たちが多くいらっしゃる。そういうところに行って勉強しあい、お互いに気づかないことに気づき合う。そういうことに今年一年、スローライフ学会が動いていけると良いなと思っています。
 暮れ、正月に思ったことを申し上げましたが、ぜひ、今年のスローライフ学会の集いにも大勢のみなさんにお集まりいただければありがたいなと思っております。
 
(質疑)
川竹大輔:官主導に戻ってきている中で、地方から発信して解決できることがあると思うが、その旗印となる人がいない。石原さん、橋下さん、名古屋の市長さんと大都市の人ばかりだ。増田さんが知事時代に高知の橋本とやっていたような形で、地方で旗頭になる人を誰か思い当たらないか。
増田:お答えになるような人はいない。
田中茂:地方の予算編成で、残念なのは、東日本の震災や不況があり、この中で何か新しい動きが何か出てくれば日本が変わると思っていたが、予算がじゃぶじゃぶ出てきたために金を取りに行くことに全力をつぎ込むことになっている。国から10兆円の金をぶんどってくることに最善の努力を払うようになり、以前よりおかしくなっている。我々はこの5年間で必ず赤字になるだろうことを見越し、保育料や施設料を値上げしたり非常に苦労して進めてきたが、蓋を開けたら、東京都も税収が上がっている。今後のことを考えると必ず厳しくなることがわかっており、日本全体がその方向にシフトする千載一遇のチャンスだったのに、震災と政権が変わったことで、金を取りに行く方向になってしまった。
増田:公共事業を中心に政府の財政支出を組んでいると、自治体はそれを取りに行かなければ損だという意識になり、その取り合いが始まる。安倍政権は3本の矢と言っている。ひとつは日銀の金融緩和で、ふたつ目が財政出動、3番目が恐らく規制緩和。成長戦略だが、これは時間がかかるので、当面は財政出動の部分ですね。笹子トンネルの天井も落ちたことで、公共事業をやるために、借金をして10兆の金を積んだ。それで今の話のようなことが起きる。小渕政権の頃の平成10?11年頃に同じような風景があった。その時も各自治体が予算を獲得する競争のようになった。上水道の水道管も古くなっている。少しずつなのでわからないが、個人の家でもかなり漏れているはずで、一気に更新しなければいけない。そうしたものにあてるとか、次の世代まで使えるものに使うようにしなければいけない。大きなお金がつくと、ついつい目新しいものに使う。それをいつか見た風景にしないようなことが必要だろう。
山下靖典:田中さんにお聞きしたい。世田谷の区長は保坂さんというユニークな方のようだ。区長のイニシアチブは発揮されないのか。
田中:3.11や脱原発については明確なものを持っていらっしゃるが、社会の構造をどうしていくかは、なかなか難しい。優先順位をどうするかということも、中にはいってみると実際には難しいだろうと思う。この財布の中身を生活保護に使うのか、都市整備に使うのかということを攻められる。
増田:保坂さんは市民派でやってこられた。菅さんもそうだったが、いろいろとご苦労があったろう。保坂さんは、基軸を市民に置きつつやっておられるのか。
田中:住民参加と情報公開のあたりだが、こちら側のトップになってみると、区民の意見を聞くのと議会を運営することは相反する。どうバランスをとるのかは相当苦労されている。外環も下北沢も反対の立場で当選されたが、両方から攻められる。
武重邦夫:自分は活動屋で、今村昌平が師匠。一緒にプロダクションを作って50年になる。今村さんの一連の作品を見ると、日本人はなんだろうということがテーマだったと思う。「我々は何か」ということ。日本人論でもある。今村さんの作品に中央を舞台にしたものはない。私個人としてはこの15年間くらい、ドキュメンタリーを作ってきた。それも地方だ。私が始めた1993年頃、川島さんにお会いした。朝日の政治記者だったのを捨てて地方分権をやられているということだったが、あの頃はピンとこなかったが、何かを求めていく中で同じことをやり始めた。岩手の「命の作法」という作品から始まって、山古志とか、総称すれば「ディスカバリー・トゥルー・ジャパン」だ。本当の日本とは何かを問いかけている。それをなぜ地方に求めるのか。生き残ったものが地方にはまだ残っている。山古志で山が飛んでしまった中、71歳のおばあちゃんが田んぼを再生する、そのエネルギーは何か。大地というものに立脚しながら生きている。田んぼをつくるのは経済活動だが、個という観点からクローズアップするとどこか人間に共通するものにぶつかる。今村さんとつくろうとしていた天才画家・中村正義の生涯を描く「父をめぐる旅」をやっと映画化、いま上映されている。
渡辺均:長野県の人口5,200人のまちで、まちづくりをやっている。37億円の財政のまちに、県内でもトップ20に入るくらいの大きな土木建築の会社が3つある。2000所帯のまちで3社にかかわっている人が非常に多い。3.11後、「もう一度絆を」という気運はあったが、公共事業で儲かって当面食えるねということで、もっとひどくなるのを実感している。
 4月に議会選挙があるが、出馬しないかと声をかけられている。過去3年間の競争入札の受注額がすべて一緒。当選したらこれを大きく変えたい、出ようかと思っている。民から官への揺り戻しはすごくでかく、今日のお話とのギャップは非常に大きい。この隘路をどう断ち切ればよいのか。
 昨日飯館村の菅野村長さんの話を聞いた。村民にいう言葉と外に向かって言う言葉が違うので聞いてきてくれということでフォーラムを聞きに行った。「私の仕事の7割はメディアとの戦いだ。結論ありきで、裏付けを取りたい取材ばかりだ」ということだった。しかしながら、メディアに頼らざるを得ない。村長は除染は効果があるといいたい。私の知り合いは「とても住めない」と言っている。なぜ村長はそういわざるを得ないのか。村民は帰れない。帰りたくない。村長は帰れる。これをだれがどう整理するのか。その矛盾だけが見えたというのが実感だ。
増田:長野の栄村と背中合わせになっている新潟の津南町の町会議員選挙に当選した25歳の女性がいる。彼女もUターンだが、3.11で被災し、このままではふるさとが見捨てられてしまう、ということで立候補した。日本の選挙はハードルが高く、立候補しただけで職を失ったりするので気軽には言えないが、動かなければかわらない。動いてみるというのもある。


※写真は後ほど

10月14日(日)フォーラム全体会の最後に、この宣言を会場全員で拍手承認しました。

<「スローライフ逸品フォーラムin高岡」宣言>

今日、高岡の地で、ものづくりの世界の変容を反映させようという初めての試みとして「スローライフ逸品フォーラム」が名乗りを上げました。
 
スローライフとは、「ゆっくり、ゆったり、ゆたかに」。結果だけでなく過程を大切に、という考えです。ものづくりも、高度成長期を経てその形も大きく変わりつつあるときに、「3・11」の東日本大震災が、あらためて新しい有り様を問いかけました。

スローライフ逸品への動きが少しずつ広まってきており、今回は、「まち、技、こころ」の3つをキーワードにフォーラムを開催しました。そして、逸品づくりには、地域の資源を活かす、暮らしに役立つ、地球にやさしい、心と体を健やかに、さらに、物語をもつ、人と人をつなぐ、という多様な要素と働きが見られることなど、フォーラムの議論から見いだせました。
 
ものづくりとまちづくりは、ひびき合い、結びつくものです。すぐれたむら・まちが、すぐれたものを生みだし、すぐれたものが、すぐれたむら・まちを創りだすという「逸村逸品(いつそんいつぴん)」の考え方を万葉の時代から脈々と続く歴史と文化、その上に市民の熱意あふれる試みが積み重ねられてきた高岡の地で共有することができました。

「おりん」が凛々と澄みきってひびく秋、高岡市は、逸品づくりの先進地として変わらぬチャレンジを続けるとともに、高岡から全国に「スローライフ逸品でのつながり」を呼びかけることを決意し、宣言いたします。

                       2012年10月14日              

                      高岡市長  ?橋正樹 







○テーマ:「逸品を育てる まち・技・こころ」
○日時:10月14日(日)13時30分?16時00分
○会場:ウイング・ウイング高岡 4階大ホール














○登壇者: 
<開会挨拶> 富松光香(「スローライフ逸品フォーラムin高岡」実行委員長)
<キイノートスピーチ>
神野 直彦(東京大学 名誉教授、スローライフ学会学長)※パネルディスカッションのパネリストも。
<分科会報告> 篠田伸夫・野口智子
<パネルディスカッション>
コーディネーター
増田寛也(野村総合研究所 顧問、東京大学公共政策大学院 客員教授、スローライフ学会会長)
パネリスト
中村桂子(JT生命誌研究館 館長)
能作克治(?能作 代表取締役社長)
川村人志(高岡商工会議所 会頭)
?橋正樹(高岡市長)
<閉会挨拶> 川島正英(NPOスローライフ・ジャパン理事長)
<司会> 長谷川八重(NPO法人スローライフ掛川)
○参加者:150人
○内容:(要約)
<キイノートスピーチ>
●神野直彦さん 
・テーマ:「ものは時代を語る 人をつなぐ」
 
※別途こちら↓をご覧ください。
http://www.slowlife-japan.jp/modules/bulletin1/index.php?page=article&storyid=38


<パネルディスカッション>
※?能作の錫製のカップで高岡の水を飲みながら。
・テーマ:「逸品を育てる まち・技・こころ」

●増田コーディネーター
全国各地でのこのフォーラムはスローライフ学会会員にも楽しみな会。東日本大震災後、人と人の絆が大切と実感しているが、こういうフォーラムで高岡のものづくり、まちづくりに何がしかのヒントやサジェスチョンになればと思う。
会場ホワイエ「スローライフ逸品」の展示の中で、高岡市長賞のペレットストーブを例に「スローライフ逸品」の6つの要件紹介すると。「地域資源」については、森林資源と銅器の技術を活かしている。CO2を増やさないので「地球に優しい」。人間は火の燃えている所に集まる習性があり、家族が集まり、家族の会話も生まれて「心と身体を健やかにする」。高岡は冬寒いところなので「生活提案がある」。そして、「物語と技を感じる」。「スローライフ逸品」の要件にぴったりと思う。

―――まず、キイノートスピーチを導入に意見を。そしてものづくりについて。
●能作克治さん
ものづくり、人間の根底についての話は参考になった。明日の朝礼で職人たちに「君たちの作業はミューズの神に捧げるものだよ」と伝えたい。私どもの新しい商品のものづくりということではデザインがその根底にある。土器の模様もデザインです。デザインは時代を捉えるもの。当社は金属素材の鋳物をやっているが、素材の一番いいところを引き出そうとしている。
 また、私どもの会社見学をやっている。倉庫で木型を並べているが。見学者は「美術館みたいだ、素晴らしい」といってくれる。これは、高岡市全体で可能であり、そうした体制を整えることが全てにつながると感じる。

●川村人志さん
文化財保護法に「文化的景観とは暮らしと技が醸し出す景観」とあるが、今日の話を聞いてこの文言は当たっていると思った。心に染みるようななお話だった。
 いま話題になっている東京駅は5年間かけて再生したが、ここに当社の製品が使われている。再生事業の基本方針は、駅舎の姿を創建当時に戻し、重要文化財の価値を損なわず修復する。そして100年先まで活用する施設に、ということ。建設当時の丸の内のまちを語ることに携われて良かった。
建築関係の仕事の場合、仕様や指定材料、設計図に基づくが、先の三つの方針を実現するため、当時の建物の木の風合いに近づけるために、岩手銀行や富山銀行を何度も見に行って、いろいろと考えた。そもそも、あそこに使われていたサッシがアルミだったことや、ましてや私どもの製品だったとは知らなかった。そこに携わることができ、ものづくりをするものとしては、幸せな経験だった。

●中村桂子さん
 20世紀は大量にものをつくった時代。どうもおかしい、こころだ、と言い始めて、「もの」か「こころ」か、となったが、そうではない。南方熊楠は「もの」という円を描き、一方に「こころ」という円を描いて、交差した部分に「こと」と描いている。私は生き物を研究していて、「こと」というのは、動詞で「生きている」ということではないかと思っている。「心を込めてものをつくる」ことが「もの」を生かすことになる。「もの」をつくり、人も生き生きする。そうすると物語も生まれる。「もの」か「こころ」かというのをやめて、これを繋げていくのが「逸品」かなと思う。
 「ものをつくる」については、気をつけたいことがある。「自動車をつくる」といったら、何から何まで自分の思い通りに組立てつくるという意味。ところが「お米をつくる」というが、お米はつくれない。稲を育て、その稲がお米を実らせてくれる。それを私たちは応援している。「子どもをつくる」という。でも子どもをつくれるわけがない。機械的なものをつくるということとは違い、自然の力のおかげでつくれているということを忘れてはいけない。
 20世紀はあまりに自分中心主義だったので、なんでも自分がつくっていると思いがちだが、私たちがつくっていると思っているかなりの部分は、自然の力を借りている。自然を活かしていることを忘れないというのが、逸品をつくるということではないか。

―――「ものづくり」について実際に仕事にしている方からさらに。
●能作克治さん
伝統は守るものではない、つくり出すもの。今やっていることが、100年後の伝統になるという意識で新しいことを開拓している。
日本の「ものづくり」は世界が求めている。中国でも「もの」「こと」「こころ」の三要素を欲しがる人が増えてきた。「もの」の背景にある「こころ」「こと」を。もう一つ、心がけているのは、世界規模で考えて、地方で仕事をするということ。作る拠点は高岡以外にない、ということ。「こと」「こころ」の部分がこの産地に支えられているいことが、地場産業の強み。作る工程に必要な職人さんが揃っていて、高岡の中で完結できる。高岡を「ものづくり」の拠点にする気持ちは忘れずにいたい(能作)。

●川村人志さん
アルミ建材の業界は、高度成長の流れの中で、大量生産の方向で成長してきた。効率化にこだわりすぎた。その反省から、こころの問題が言われるようになった。「ものづくり」のあり方も変えていく必要がある。
節電にアルミ材料は貢献しやすい。もともと地球に優しい金属。最初は電力がいるが、リサイクルにはあまりかからない。缶は95%リサイクル、建材業界でも、サッシからサッシへリサイクルしつつある。環境負荷低減に向けた商品づくりという方向に変化してきている。密閉したビルなどで年間機械空調をしているが、自然の空気を回す工夫を加工しやすいアルミでやろうと知恵を絞ってもいる。(川村)

―――増田さんと?橋さんのやり取りで
●?橋正樹さん
「ものづくり」のベースは、まちの生い立ちに遡る。いろいろと革新はあったが、人を育て技術を受け継ぐことは、高岡の「ものづくり」欠かせないファクターだ。現状は、伝統の技術を受け継ぐ人がいない。高齢化してギリギリのところ。そこで、プログラムの一つが、基礎的な技術を習得すると、マイスター制度のようなもので職人さんに預かってもらって親方と一緒に仕事をする。一方、いま文化財の修理という大きな業務分野ができつつあり、そこに親方と一緒に行ってもらう。木工もあれば金工もある。そういう産業が成り立つ。
もう一つは、20数年やっているクラフトコンペ。全国から応募があり、高岡の伝統産業青年会メンバーの若手職人と地元学生がペアで作品をつくり、賞を取った。学生も、職人と一緒に技術を学べるということで喜んでいる。金屋町の一角に、若手のクラフト作家たちが集まって製作活動をしている場所がある。富山大学の芸術文化学部も、技術を身につけようと頑張ってくれている。彼らの受け皿として工房づくりの手伝いをしたり、技術習得のコースを作ってこれらをセットにできないかも考えている。
高岡のものづくりはチャレンジング。銅器や鉄からアルミに変わるときも挑戦した人たちがいた。DNAがある。そういう若ものを育てていきたい。もう一つ、全小学生たちに鋳物や螺鈿体験をさせている。単に体験でなく、本物の職人さんたちに直接教えてもらう。プロの技術を何か受け止めてもらいたい。自分たちのまちにはこんな素晴らしい技術があるという誇り。自分がつくったものは恐らく一生ものになる。そこを通じて、いろいろなことにチャレンジして欲しい。

―――コーディネーター、パネリストからの質問に?橋さんが解答。金屋町の入口の公園の子ども達の作品が興味深かったが。
●?橋正樹さん
工芸高校もあり、高校生たちの作品や大学生の作品、プロの作品を美術館に並べて見せるとか、マインドを育てていきたい。
―――授業でやるのは相当の工夫が。
●?橋正樹さん
構造特区で挑戦したいということで、いろいろプログラムを作ったのがきっかけ。学校の先生も最初は戸惑われたが、いまは大変協力的。ものづくりデザイン科としてやっている。この分野では、ほかにはあまりないかもしれない。
―――高岡は日本で祭りの回数が一番多いのでは。
●?橋正樹さん
一番有名なのは、5月の山町の御車山祭。6月は金屋町の御印祭、8月は七夕祭、9月10月はクラフト祭と万葉朗誦の会があります。

――――「まちづくり」について
●中村桂子さん
高岡が、本当に素晴らしいまちだということがわかった。自然を生かすということに食べ物がある。昨晩の食事が印象的だった。新幹線が開通したら、あのようなお弁当をつくられたら。皆さんは当たり前と思っているかもしれませんが、東京ではあのように美味しい里芋は食べられない。ぜひ昆布を活用した駅弁を作るといい。食べ物をつくることはものづくりの一番基本。それがすごいというのは良い。
川村さん
高岡の食はまだまだ。埋もれている、おばあちゃん達の味のコンテストなどをやっては、と思う。
高岡を初め富山県の西部は歴史的な遺産が多いが、これをどう活かすか。「まちづくり」は住んでいる人がやらなければいけない。これは自分のまちなんだ、と思うことがおもてなしの心を芽生えさせる。私が商工会議所の会頭になったときに旧町名の復活を始めた。仙台には旧町名のまちがたくさんある。ものづくりのまちとして鍛冶町や染師町とか。歴史を物語っている町名がたくさんある。高岡もそれを売りにしてはどうか。広がれば、皆で良いまちにしていく機運がうまれるのでは・・。
●増田寛也さん
復古主義的に旧町名を復活させるのでは長続きしない。色んな人が関わって伝統産業が成り立っているという物語のようなものが旧町名に反映されている。そこが頭に入ると、旧町名の復活が、高岡のものづくりの一連の歴史を理解するのに必要だとわかる。伝統産業を中心にして、まち全体がそういう気持ちで取組むことで、高岡の力を強くするとことにつながる。

―――最後にパネラーから一言づつ
●能作克治さん
高岡・富山で1500人くらいの子どもたちが見学に来る。高岡には良い素材があると市民の方はあまり意識されていない。子どもたちが帰ってお父さん、お母さんに話してくれると、市民の意識が変ってくるだろう、と期待している。子どもたちも大きくなったときに、高岡のことを自慢するようになる。高岡ではヨソモノのことを“旅の人”というが、私もヨソモノの一人。私の目でみると、逸村逸品運動を実行するためには、もう一歩踏み出しが足りない。もう一歩踏み出して見ると、地元の良いところがものすごくよくわかる。そうすれば全てが変わると思う。

●川村人志さん
私も“旅の人”で、思いは一緒のところがある。良いものを持っているけれども、それを発信しよう、発展させようというものが足りない。大きさや有名さに満足している。三大七夕祭りといいますが、仙台は3日間で230万人の観光客、平塚は160万人。高岡は何万人ですか、と聞いても回答すら出てこない。良いものがあるのだから、もっと踏み出せばいい。

●中村桂子さん
技術関係の友人たちとの最近の話題。東南アジアの若者たちは元気なのに、日本に帰ってくると元気がない。ところが、実際作っているものを見ると絶対に日本のものが良い。高岡の「ものづくり」のやり方を上手に進めていくと、日本のこれからが見えてくるような気がする。
朝、まちのウィンドウにたくさん伝統工芸品が飾られていて、面白いなあと眺めて歩いた。こういうところを伸ばすと、日本のこれからの一つの方向になるかと、大いに期待する。

●神野直彦さん
地域の経済や社会は、住んでいる人間の力でしかない。これは、チャスキンという人の概念。地域力は、その地域社会に生じた共同の困難や不幸を解決する能力が、その地域社会にどの程度あるかになり、人々の結びつきが重要になってくる。一人一人の能力を引き上げると同時に、その結びつきが大切。銅に携わっている人々と、漆器に携わっている人々がうまくやれば素晴らしいものができるのでは。高岡商人という優れた人たちと、職人さんが協力をしあうともっと素晴らしいことができるのでは。
伝統は作るものだということを感じていたが、地元のお二人の意見を聞き、お二人の指導でうまくいくのではないか、と感じた。
 スローライフだが、イタリアでスローフード運動が起こり、これを食生活に限るのではなく、生活のあり方全体、まちのあり方全体まで広げていこうという運動が起きた。「チッタスロー」協会。これに参加する条件が難しい。環境対策ができているか。地域の価値を高めるインフラが整備されているか。自然なものづくりができているか。地域の伝統的な生産物を保護しているか。最良のもてなしを追求しているか。味覚の教育をしているかなど。この協会に高岡が加盟するくらいの意気込みで、スローライフ運動と逸村逸品運動を展開してほしい。

―――コーディネーターから締めくくりとして
●増田寛也さん
逸品にこだわってこれからもどんどん発信してほしい。ものづくり分科会でパネリストの山下茂さんが「スローライフ逸品」ということはつくる工程のスローライフなのか、出来上がった上でスローライフ生活に役立つものか、きちんとわけて考える必要があると語った。いずれにしても、高岡の取組ではクリアされていると感じた。「スローライフ逸品」について、つくる工程なのか、できあがった機能なのか、その両方を満たすことが逸品の価値につながるということを、考えておく必要がある。
高岡市民としての誇りや高岡市への帰属意識を、「スローライフ逸品」をつくる地域だということによって、もっともっと高めていくことができる。おもてなしのこころもあふれるほど湧いてくるように感じる。今やっていることに自信を持って、誇らしく思ってほしい。これからのたゆまぬ努力によってさらに魅力が高まることを期待する。

―――感想として
●?橋正樹さん
ものは技でつくるが、高岡の歴史の中で磨かれ、高岡という地で育てられて生まれた。いま「磨く つなぐ つくる」というキーワードで、総合計画をつくっている。事柄、技、あるいは人を磨いて高めながら、それを結びつけてつなぎ合わせることによって、新しい価値をつくっていけるのではないか。高岡の地、歴史で磨かれた「こころ」というものが「もの」と結びついて、高岡ならではというものを打ち出して行く。それが価値を生む、評価を受けるということになるのではないか。これからは、結果ではなく、そのプロセスを見せ、プロセスを大事にしていく。それは高岡でなければ見られない、結果として高岡に来ていただくことになる。そういう高岡をアピールすることが大切ではないかと考える。今回のフォーラム、スローライフが目指しているものは、高岡でいま実践されつつある。また、高岡にとって大きな課題でもあると感じた。







10月14日(日)「スローライフ逸品フォーラムin
高岡」全体会でのキイノートスピーチ、要約です。

○神野直彦さん(東京大学名誉教授・スローライフ学会学長)
○テーマ「ものは時代を語る 人をつなぐ」

 私は、地方の都市を回ると古本屋さんに行くことにしています。高岡では、おばあさんのいる古本屋さんに行っています。今日はこの本を買ったので、急遽内容を変えて、これを中心にお話したい。
 まず、「逸品」ということ。「一村一品」の「一品」は、私の定義ではせっかちに金を儲けるためにやったファストライフの運動です。今では「一損一品」とさえいわれています。スローライフは「逸村逸品」で、まったく対照的な運動だと理解しています。
 「逸品」を辞書で調べると「優れたもの 絶品」と書かれています。優れたものといっても人間がつくった。ここで重要なのは、人間とはどういう動物か。いうまでもなくものをつくる動物です。それでは、人はなぜものをつくるのか。生きていくためにではないかと思います。
「スローライフ瓦版」にも書いたが、最終氷河期に、人間の脳に大変革がおき、人間は生活に必ずしも必要ではない、具象芸術をつくり始めた。ものをつくりますが、脳スキャナーで分析をすると、石器をつくる時に機能している脳の部位と、言葉を話すときに機能している脳の部位は完全に重なる。すなわち、人間にとって、ものをつくることと、言葉を話すことは同じことである。他の人に何かを伝えたいからものをつくるということになります。
社会科学者が、その時代はどういう時代だったのか、地域社会はどうであったか、その社会、時代に人々は何を生きる目的としていたのかを知ろうとすれば、ものと文字を見ます。
 人間がつくったもののうち、何が「逸品」なのか。素晴らしいものとはどのようなものか。時代を語り、地域を語り、命を語り、人を語っているもののうち、「逸品」とはどういうものなのか。実に簡単です。書物で言えば古典です。時代を越えて少なくとも100年はもつもの。極端に言えば2000年や3,000年はもつものでなければなりません。
この「逸品」を展示してあるところを博物館といいます。世界で初めての博物館は、紀元前3世紀にアレクサンドリア宮殿の一角に造られたムセイオンという博物館。詩の神であり、学芸の神であり、美術の女神であるミューズに捧げる場所。これが博物館です。
「ムセイ」とは英語では「ミューズ」、「ムセイオン」となると「ミューズに捧げる場所」という意味になる。英語で言うと「ミュージアム」です。詩や技術の神に捧げるものが「逸品」であると言ってよいのではないか。ミューズに捧げる音が「ミュージック」。ミューズの神に捧げるために美をつくっている。
ですから、「逸品」をつくる人は詩人でなければいけません。ミューズの神の霊感を受け、ミューズの神の代弁者として詩をつくる人を詩人と呼んでいます。ミューズの神の霊感を受け、ミューズの神の代弁者として「逸品」をつくる者。これを私たちは、職人と呼んでいるわけです。
 私の東京で一番好きな場所は国立博物館です。1872年、文部省に博物局ができ、翌年のウィーン万国博覧会の展示の準備をすることになる。ここまでお話すると、高岡に住んでいる方は、誰でもわかりますね。ウィーン万博で最も評価されたものは何か。高岡の職人の金森宗七がつくった作品だった。その作品は100年、200年、300年語り継がれていくことになります。
 国立博物館に入ってまず目にするのは、縄文式土器です。大英博物館で最も貴重なものは何か。最も尊重しているのは縄文式土器です。ものはいろんな物語を語る。縄文式土器は何を語ってくれるのか。今回のフォーラムは「まち・技・こころ」がキーワードです。「技」とは、自然に存在するものを新たなものにつくりかえること、と言っていい。
世界で初めて「壺」をつくったのは日本人です。今から7,000年前のこと。壺をつくる技のために1万年かかった。その技とは、粘土という自然に存在するものを温めて乾燥させ固くすることができたということです。次に壺がつくられるのは北アフリカと中近東で、日本より2000年?3000年遅れます。 
 もう一つ重要なことを教えてくれる。壺をつくったということは、もう一つの技術をつくったということです。それは「料理」。世界で初めてスープをつくったのは日本人。壺の中には木の実や貝や魚などが残っている。
さらに重要なことは、「まち」をつくった意味。「まち」というのは、住み続ける場所であり、定住を意味している。世界史を塗り替えた。採集と狩猟の経済のもとでは、人間は移動しなくてはいけない。人間は、1か所に住み続けるために農業を始める。農業を始めて壺をつくり、定住を始めた。農業は弥生時代に始まる。
では、なぜ、日本で採集と狩猟の時代に定住できたのか。日本の自然は人間に優しい自然で、食料が向こうからやってきた。移動しなくても、海岸に行けば磯ものがたくさんある。食料が向こうからやってきたために住み続けることができた。壺は、定住し、まちをつくったという物語を語ってくれます。
 もう一つ重要な点は、「こころ」の問題です。縄文式土器には縄文でつけた模様がついている。この文様は何を意味するのか。具象芸術です。自分たちが見ている世界、自分たちが一緒に生活しているものを表して、仕組を知ろうとする。アルタミアの洞窟になぜ絵を書いたのか。自分たちが生きている世界を知らせよう。自分が見ている世界を伝達したい。自分と一緒に生きている人達を伝達したいということですね。縄文式土器は、植物繊維を使って、貝、魚、きのこを一生懸命描こうとしている。心配り。極めて繊細なものを意味する。縄文式土器は全てを語る。
ものをつくる人は詩人ですが、ものを使う人も詩人でなければいけない。ものをどう配置するのか。「逸品」は詩人の魂を持ったつくり手と、詩人の魂でものを使って詩をつくろうという人との合作です。
大英博物館の縄文式土器は中に金箔が貼ってあって、17世紀世紀?18世紀に使われたことが明らかになっている。何に使ったのか。日本の生活様式の儀式である茶道の水差しとして使っているんですね。このことは、職人たちが生活様式を通して「こころ」を伝えようとしたのだと思われます。

?橋市長には、一か所でもいいから、まちを「ムセイオン」にしてほしいとお願いしています。まちを歩くと1000年も2000年も持つような「逸品」がある、まちそのものが博物館であるまちのを「逸村」と言います。ヨーロッパにまちそのものを公園にしようというエムシャーパークがありますが、まちが博物館であるというのはどこにもない。高岡は、まちそのものが博物館で「逸品」が見られる。高岡に行くと、私たちの時代はどういう時代か、人間はどう生きるべきか、そのことを考えることができる。そういうまちが「逸村」ではないか。
 「一村一品」はファストライフですが、私たちが追求している「すぐれた村のすぐれた作品」は、まるで博物館のような地域社会に、博物館に展示されているように時を越えて語ってくれるものがあるまち。そこを訪れる人は詩人の魂を持ってその音を聞く能力がある。ということではないかと思います。
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<ものづくり分科会>
・テーマ:「こころと技を伝えるものづくり」
・日時:10月13日(土)16時30分?18時15分
・会場:瑞龍寺大茶堂



・登壇者:
コーディネーター:野口 智子(ゆとり研究所 所長 NPOスローライフ・ジャパン 事務局長)
パネリスト:山下 茂(明治大学公共政策大学院 教授)
高峰 博保((株)ぶなの森 代表取締役)
嶋 光太郎(高岡伝統産業青年会 会長)
富松 光香(高岡スローライフ逸品研究会 会長)         
●野口コーディネーター
「スローライフ逸品とは何か?「高岡スローライフ逸品研究会」ではこれまでいろんな言葉が出てき。スローライフ逸品とは・・・?地域資源を活かしたもの?地球にやさしいもの?心と身体を健やかにするもの?生活提案のあるもの?物語と技を感じるもの?納得価格で買いやすいもの・・・。これらの要件を軸に、スローライフ時代の逸品とは何だろうかと議論したい」
―――と“こころと技を伝えるものづくり分科会”の導入を述べた。以下意見要約


●富松光香さん
「高岡スローライフ逸品研究会」は地元の中小企業で商品開発を担当しているメンバーが集まっている。ひとりで商品開発は直ぐに行き詰まるので、この会でアドバイスや冷静な視点を交換し、良い関係を築き助かっている。
これまでに開発したものは。刺身感覚で食べられる塩辛くない「越中刺身ぬかさば」。最初から切れているので即オードブルとして使える、糠も無農薬のものにこだわっている。コロッケでまちおこししている高岡なので開発された、地元の野菜やフルーツで作った食べ切りサイズの「越中高岡コロッケソース」。タイプがいろいろあり、セットでの販売が好評。錫100%のため自由に形が変えられる龍の置物「まげよドラゴン」。縁起物は毎年登場するが、これはユニークなもの。高岡大仏の焼印をした「大仏クッキー」。日本三大仏のうちの一つで、一番男前の大仏をもっと売り出そうと。クッキーそのものがおいしい。など、いろいろある。
私はものづくりには「生活提案」が大切と思う。自社の昆布商品の開発をする作業でも、商談の際にはバイヤーから具体的な食の場面のイメージを要求される。大手メーカーのものは、大量生産なので材料の出所も分からず逸品とは思えない。私たち中小企業は量より質を追及し、今後も地域資源を大切にストーリー性を持つ開発をしたいと思う。
自社製品の「白えび入黒とろろこんぶ」はがんばって作った。当初インパクトのある名前「ブラックとろろ」にしようとしたが、研究会で却下された。理由は、昆布は白いご飯に乗せて美味しくホッとする存在感が大切だ、と。納得した。色黒のコントラストのパッケージなど3年かけてで開発した。昆布のおむすびなど富山の昆布文化のストーリー性ある情報もパッケージに記載し、提案している。売れていてうれしい。
逸品要件として、もうひとつ加えるなら「美的感覚」、見た目の美しさも大事だと考える。

●嶋 光太郎さん
「高岡伝統産業青年会」は高岡で銅器産業に関わっている40才以下の若手職人48名の集団。自分たちが高岡に留まってものづくりを続けていくには、“ひっぱってくる”のが大切だ。 
全国規模の催し「高岡クラフトコンペ」をサポートしている。高岡で物は作れるから、デザインや売り方の専門家を招いて引き込もうと始め、26回なる。日本3大クラフトコンペの内、他2つは衰退してしまったが、高岡は今もがんばっている。
「クラフツーリズモ」事業も。クラフト(工芸)とツーリズム(旅行)を絡めた造語。これまでの様に東京や大阪に行って物を売ってくるのではなく、都心の人が高岡に来てここで物を買ってもらう仕掛け。クラフトの工程には「原型」→「鋳造」→「磨き」→「着色」の行程があるがそれぞれの工場を見てもらい雰囲気を味わってもらう。「背景の見える物が買いたくなる」といわれ、行動する大切さを実感した。
富山大学の学生との交流も。キャンパスの中に「クリエイト」というサークルもできて、毎週我々と集まって交流している。
物を売るのは“こと”が大事。バックヤードを見てもらい、どう作られているかの流れを消費者に分かってもらう。「ことづくり」「ものづくり」「ひとづくり」が重要だ。
要件の「?納得価格で買いやすいもの」これは、自分たちには厳しいと思う。何故なら価格を気にし始めたら良いものは作れない。確かな技術で作るから中国製との差別化が出来ている、今後もそこは妥協したくない。もし、?を作るとしたら「ことば」、キャッチコピーが大切だと。自分たちは「柄は悪いが腕はいい」を売り物にしている。


●高峰博保さん
もともとデザイン事務所をやっていた。パッケージや冊子やパンフレットなど、販売促進の。今日は自分が手がけた、能登町の調味料「いしり」を例に話す。もともとは商工会議所の依頼で始まった、メイドインジャパンのものを海外でどう売るかという事業。NYのレストランに持ち込み使ってもらう、食べてもらうこともやったがなかなか浸透しなかった。
次にやったのは発酵食品に詳しい著名な方のインタビュー。地域の伝統的な調味料として、地元調理人に「いしり」を使った調理を実演もしてもらった。地元の人が良いといっているだけではなかなか拡がらないので、あえて影響力のある方に語っていただき広めた。結果、「いしり」を使った調理は飲食店でも宿でも広がり、生産量は増えている。湯布院の宿でも。2泊3日の発酵食品研究プランなどの産業的な連携を作ってサポートをしている。イベント的なフォーラムや食談もした。
「いしり」は3年熟成、地域調味料としてのスローフードの価値に加え、時間をかける、手間ひまかける調味料が地域の食のベースになっている、またそれを使っている飲食店となるとそれぞれの価値も高まる。
人が見えることがものの価値を高める、と思う。ものだけでなく、まちにもそれはいえる。高岡の魅力や価値を高めるのはここの人材。能作さん、がんばっている若手職人たち、現役の親方など人材の豊富さを多くの方に分かるようにすることだ。
味のあるものを作る人を巡る、『能登びと』」など、自分が作った冊子では人の顔を前面に出した。こうした人を巡るプログラムを作り、ちゃんとお金を取れる指導もさせていただいている。今、被災地・南三陸町でも同じようなことをしようと準備を進めている。


●山下 茂さん
自分は団塊の世代で消費者として期待されているが、物を増やさない生活“断捨離”(※ 不要なものを断ち、捨て、執着から離れること)にあこがれている。土産物を買うことは先ず無い。
それが今日は?能作さんを見学し、今夜のビールのためにこのカップを買ってしまった。何故買ったのか?工場を見せていただき、社長の思いを直接聞いた。広口のカップしかなかったが、社長が自ら口を狭めこの様な形を作ってくれた、これは世界にひとつだけ、まさに私にとっての物語が完成し、愛着が湧いてきたので、もう買わないわけにはいかなかった。(※錫100%のカップで変形できる)
置いてあっても確かに逸品だが、「買う」行動に移ったのはそこ。正しく「ことづくり」に引っかかったようなもの。こうした物にまつわる逸話や周辺のことは、大切なポイントだと思う。
ひとつ「スローライフ逸品」を考える上で整理しておきたいのは、そのものが作られるプロセス、過程、伝統などの背景がスローなのか。そのものを使えばスローな生活が楽しめる用品なのか。という区分けの議論はしておいたほうがいい。それぞれに考え、後に総合していく事をしないといけないのではないか。


―――コーディネーターが今回のフォーラムにあわせて開催の「スローライフ逸品大集合」に全国から出品されたリストとその中の何品かを実物で紹介。参加者の中からも紹介があった。

益子さん(札幌から)
北海道は歩いて地域の魅力を発見する「フットパス」の先進地。地元の根の曲がった竹の湾曲を活かした“歩く楽しみを呼び覚ます魔法の杖”を作っている。重さ約100g、自然に歩きだすという意味を方言でいう『アルカサル』が商品名。


濱田さん(栃木県足利市から)
CDショップと雑貨を販売。仕入れ販売以外のオリジナル商品をと卵の燻製を。日本最古の学校「足利学校」の“落ちない梅の木”にあやかり合格祈願のご祈祷も頂き、自分の名前を入れたネーミング「合格はまたまご」。売れ始めている。


佐藤さん(静岡県掛川市から)
栗焼酎「自ら」(みずから・おのずから)。栗の産地でありながら市民はその意識が薄く、栗園は荒れている。何とかしようと始めたのが栗焼酎づくりで4年目に。市民たちが栗園の下草刈り・栗拾い・栗剥きを行い、人も繋がっている。

―――その後さらに意見交換。感想もでた。
スローライフは単に昔や伝統を守るのではなく、時代と共に変化していく人の気持ちをしっかりつかむこと(富松)。「スローライフ」に興味は無かった。話が深まるにつれ自分たちがやってきたことはスローライフだったのだと気付いた。また、この催しに県外から多くの方が集まっていただいて、そのことが嬉しい(嶋)。来た人が高岡の中で濃い時間を過ごせるか、ゆったり過ごせるプログラムがあるか。情報発信はきっかけで、直接出合い、興味を湧かせる「2WAY」が大事。顧客を持っている観光業者と、地域の人材が繋がること。ソフトな人のつながりを作って行くことが、新幹線開業云々より長期的な効果がある(高峰)。要件を満たさなければ「スローライフ逸品」といわないのか?今後、この運動としていくのならば、細かな定義を作ってしまうよりも、おもしろい!行ってみよう!こそが大事、力になると思う。また、その物が何処で生まれたのか、何処で作られているのが、相乗効果で街と物のプラスになる。例として「ルイ・ヴィトン」がある。あれはパリだから売れた。地域と物の背景・ストーリーが一体化することも大事だ(山下)。イタリアでスローフードを起こした方は「スローフードは関係性なのだ!」と明言した。土地・物・自分、それらの関係性を生み出してくれる物が「スローライフ逸品」なのだと感じた。(会場から)

―――「スローライフ逸品」は多様だ。15年前に商店街おこしとして逸品運動を始め、ことばの普及から地道に続けてきた。昨今では、「逸品」が軽々しく使われるようになっているが、正しい生き方、スローな暮らし方に繋がる、地域・世の中が良くなる為のアイテムであって欲しい(野口)。と締めくくった。


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