瓦版2025.01.14第726号 斉藤睦さんのコラムほか、「ふるさと納税」廃止論など掲載

 まもなく「1.17」です。災害大国であることを思い知らされた、あの阪神・淡路大震災から30年になります。この間、東日本大震災や熊本地震をはじめ、列島を災禍が襲い続け、悲惨な光景を何度も目の当たりにしてきました。南海トラフも首都直下型地震も想定されるなか、備えだけは怠りますまい。改めて寝室の家具の固定の確認から。(写真は元旦に能登地震の被災地、石川県加賀市に掛かった虹です)

感想を下記までお寄せください。

slowlifej@nifty.com

『緑と絆の木陰』

生きものたちの宇宙船

  斉藤睦 (地域総合研究所顧問)

 昨年12月の「さんか・さろん」は中村桂子先生のお話でした。

 そのお話のなかで、これまで何度もうかがってきた、「私たちは、地球上の生きもののひとつなのです」とのことばが、改めて心に響きました。

 アリも芋虫もライオンも象も、あるいは草も木も微生物も、この地球という星にともに生を受けて生きている生きもので、私たち人間は決して上等でもなんでもなく、全く同等、同価値で、互いに存在を認め合い、生を分かち合って生きている生きものであるという認識、いってみれば覚醒のようなものが内心にわいてきました。

 それが腑に落ちたのは、毎日の散歩の効用かもしれません。散歩をしていると、花が鳥が蝉が、あるいは大都会にまで出没するハクビシンが、“俺たち生きているぜ”と生きものの姿を見せつけてくるのに、気がつかざるをえません。散歩は、大げさを承知で言えば、「交響曲・みんな生きいている」の演奏に立ち会う時間とでも言いたいほどです。

 今年はじめ、あるコラムで、地球は太陽の周り9億4千万キロメートルを、一年かけて回る宇宙船のイメージを得ました。

 生きものたちで満ちあふれた宇宙船・地球号の新しい旅が、また始まります。

 互いに精いっぱい生かしあい、生き延びる努力は良いものの、つぶしあう必要がどこにあるのかと、改めて思います。

<あっちこっちで多事争論>

新しい年に(老人のぼやき)

  遠北剛 (広島市 スローライフの会会員)

 先ずは新春のお喜びを申し上げます、一夜明けての新春の空は、窓一杯に朝日が広がっている。いつものぬっと山から出る日輪とは景色が違う、都会の中の初日の出でした。

 「目出度さもちう位なりおらが春」一茶

 なるほど、登る太陽が昨日と変わったわけではない。年老いてくるにつれ理屈で言えばその通りである。元日になれば目出度いと思い、心があらたまるのは自然の情けである。

 家族そろって、「おめでとう」と今年の幸せと健康を祈っておせち料理、雑煮をいただく。近くの八幡様に初詣。初春の空には絶え間なく航空機が飛び立つ、街、ビル都会の正月は休むことなく忙しい。

 小さな旅での正月、娘家族に誘われて、あっちこっちとそれぞれの景色を楽しんできました。

「餅つき」万歳 (上)

  西川展子 (和歌山県海南市 「げんき大崎」理事)

 昨年暮れも、我が家の庭先の駐車場で「ペッタン、ペッタン」杵の音、「よいしょ!」の掛け声、それにみんなの笑い声が響き渡りました。

 子供が通う保育所の行事で持ち帰った杵つき餅の美味しさの虜になり、昔のようにもう一度「杵でお餅をついて食べよう」と、友人家族と一緒に始めた恒例行事です。気が付けば、もう20年続いています。

 餅つきは、つき手、手合い、もみ手(お餅をまるめる)、蒸し器チェック、出来立てホヤホヤのお餅をきなこ餅やあんころ餅にして配る担当など、役割がたくさんあります。集まった老若男女がそれぞれの持ち場について、また時々交代もしながら、作業がちょっと難しくても、上手な人が側について教えながら、米粒が皆の協力で見事なお餅に変わっていきます。食べて美味しいだけでなく、そんなプロセスも体感できてしまいます。

 杵を振り上げるのがやっとだった子供たちが毎年顔を合わすたびに成長し、今では頼もしいつき手、もみ手として大活躍。亡くなった母がしてくれていた手合いも見様見真似で引継ぎ、さらに今年は大崎に二地域居住のご主人が昔地元で鍛えた手合いの技を存分に発揮してくれました。おかげで、畑の天然ヨモギを入れた草餅も含め、合計8臼の絶品のお餅が仕上がりました。(つづく)

 

スローなギグにしてくれ

  高橋征吾 (東京都 スローライフの会会員)

 「スローライフって何さ?」

 昨年、梼原町の夜なべ談義で地元の方に聞かれたこの言葉が印象に残っています。地方で日々、身を粉にして働いている人にとって、都会からやってきた人たちの唱える「スローライフ」に疑問を覚える部分があったのでしょう。

 マスメディアやSNSによって人口に膾炙するようになったスローライフという言葉ですが、「のんびり悠々自適な田舎暮らし」と捉えられてしまっているのが実情です。

 じゃあスローライフって何さ? 私はその疑問に答える鍵は「時間」ではないかと思います。

 スローライフの会の前身であるスローライフ学会が発足した21世紀初頭とは、「スピード経営」「スピードが命」「スピードこそ勝者の条件」などと言われる時代だったと記憶していますが、スローライフの唱える「スロー」とはただのゆっくり礼賛ではなく、これらスピード至上主義の言説に抗い、言葉の本当の意味でのマイペース(私のペース)を守ることで、自分の生き物としての速さと時間を取り戻す動きではないかと思っています。

 「流行に乗り遅れないようにしなきゃ」「××歳までに〇〇しなきゃ」など他人の時間の物差しに合わせて生きると、とても疲れます。ミヒャエル・エンデの『モモ』では、時間泥棒に時間を盗まれた人間たちはあくせくと一日中働きづめで、仕事への愛情も家族との大切な時間も失ってしまいました。一番大切なのは自分の時間を自分らしい速度で生きられることであり、それは音楽でいうなら「緩急自在」に演奏するギグのような心地よさに通じます。都会だろうが田舎だろうがどちらでも良いのです。

 何かと忙しい日々の生活の中でのほんのひと時だからこそ、「マイペース」に大事に過ごしたいものだと改めて思いました。

父が亡くなって気付いたこと

  松下隆 (長崎県雲仙市 スローライフの会会員)

 昨年8月30日、父が亡くなった。一昨年の暮れに医者から「今度の正月が最後になる」と告げられていた。姉からは「あんたの誕生日が最後になるような気がする」と言われていたが、私の誕生日に危篤の知らせがあり、翌日、逝ってしまった。

 亡くなって2週間ほどは父の法要と仕事に追われていたが、農業も待ってくれない。9月はジャガイモの作付け時期。例年になく高温少雨が続き、畑に一歩踏み入れた時に土が違うと直観した。かつて、中村桂子先生と話した「農業は五感。農業は今が大切」との言葉を思い出すが私の乏しい知識では困難。それでも「お世話になった方にお贈りできる分だけでも」との想いで植え付けを行った。

 父が亡くなってからを振り返ると、兄弟をはじめ、親戚、地域の方々にお世話になっていることを強く実感すると同時に、母、妻、子どもとの家族の絆を深く感じた。特に、今まで鬱陶しかった母の気遣いや、妻の毎日の弁当と何気ない言葉、子ども達が何か出来ないかと考えての行動など、感謝することばかりである。

 父が亡くなる前、可能な限り父と一緒に風呂に入り、仕事のこと、農業のことなど話しながら父の足を洗うのが嬉しかったなと思い返せば、家族が同じ想いでいることに気付く。

 さてさて、就職前夜に父と話した公務員として何が出来るか、どうすれば地域の方々に信頼される人間になれるのかを、これからも考えて行動しなければならない。いろんな話ができた父がいなくなり、気を引き締めるが、一人で何もできない自分の未熟さはさらに痛感している。ただ、私には地域の方や、友、家族という大きな財産がある。スローライフの皆さんも、是非、お力添えを!

『スローライフ曼荼羅』

テーマは崇台山

  野口智子(ゆとり研究所 スローライフの会共同代表)

 群馬県富岡市で、市民の地域づくり「円卓会議」を手伝っています。今年度、ある地域では地元の小さな山「崇台山(そうだいさん)」をーマに据えました。

 これまでなら「防災」「高齢化対策」など、腕組みし眉間にしわを寄せて考える課題 が主でしたが、今回は身近な山の活用。思い出話からお花見企画まで、楽しい話題や案が湧き、笑顔がこぼれます。アイデアの山ができました。

https://noguchi-tomoko.com/post-10670/

■■つべ小部屋■■

「ふるさと納税」廃止論

  つぼいゆづる (スローライフ瓦版編集長)

 正月休みに、「ふるさと納税」で取り寄せたカニや和牛などを満喫した方もいらっしゃるでしょう。「おいしかったーっ」とニンマリしている方には恐縮ですが、「ふるさと納税」は即刻、廃止すべきだと考えています。これ以上、この国が「さもしい国」に成り下がるのを見たくないからです。

 第1の理由は、住民税は本来、「地域社会の会費的性格」のもので、暮らしている地域のために使うという大原則を無視している点です。年間1兆円を超える売り上げは、それだけの税金が流出していることと同義です。

 その約3割は返礼品調達に費やされ、事務経費や仲介業者の手数料なども含めれば半分が消えています。テレビでCMが流れるたびに、税金が食い物にされていることに歯噛みしています。首長も地方議員も選挙の投票率が低迷する現状では、自分の住民税がどのように使われているのかなど何の関心も抱かない人々が圧倒的多数でしょう。そんな地元への無関心さが制度をどんどん拡大させ、結果として地域の生活環境を劣化させてゆく現実は看過できません。

 第2の理由は、税金を多く納める高所得者ほど利用できる枠が大きく、富裕層ほど恩恵にあずかれる点です。露骨な「税金逃れ」であり、所得の再分配に穴を開けて貧富の格差を広げる制度なのです。それを知りつつ、買えるものを買って何が悪いのか、という人々が増えているのは、まさしく国民が「さもしい国」へのアクセルを踏んでいるように見えます。

 第3は、自治体に金儲け競争を強いている点です。特産品で年に100億円も稼ぐ自治体が出現している以上、この制度に参画しないという選択はあり得ないでしょう。目ぼしい産品のない地域の自治体職員にも、何とか知恵を絞れと尻を叩く光景は、「さもしい国」への地盤づくりのようです。本来、自治体職員は住民の要望に沿った施策に全力を傾注し、よりよい施策を競い合う「善政競争」をすべきです。金儲けに血道を上げさせるのは筋が違いすぎます。

 第4は、「ふるさと納税」というネーミングのいかがわしさです。実態は、実質2千円の負担で全国の特産品を買える「官製通販」です。もともとは生まれ育った地域に税金を納めることができる制度として考案されたものの、いまや完全に全国商品カタログでしかありません。それを「ふるさと」と「納税」という美辞で粉飾しているのです。まさに「さもしさ」の権化のような名称です。

 新聞社の社説でも、第1と第2の理由を柱として、制度の抜本改革を何度も唱えました。それに対しては、「地震や豪雨災害の被災地の産品を購入して応援するなど、制度には良い面もある」という反論が届きました。

 しかし、冷静に考えれば、わかることです。被災地に手を差し伸べるのであれば、「被災地寄付優遇制度」をもっと充実させればいいのです。何も金持ちほど特産品をたくさん買える制度を存続させる理由にはなりません。

 国がゆがんだ制度をつくり、民間業者が参入して拡大させてきた経緯を見れば、廃止論は暴論に聞こえるでしょう。「さもしい国」という見立てにも反論はあるでしょう。それでも廃止を唱え続けることが、地べたの政治である自治を育む第一歩になると確信しています。

<編集室便り>

▽京都府綾部市で撮影されたドラマが始まりました。

 一昨年、「スローライフ・フォーラム」でお世話になった、京都府綾部市。この美しい自然の中で撮影された、『アリスさんちの囲炉裏端』というドラマが始まりました。

 いろいろな方法で見ることができます。思い出の綾部の地を振り返りましょう。第一回を見て、囲炉裏と古民家っていいなあ~とつくづく思いました。詳しくはこちらから。

あやべ水源の里 https://www.facebook.com/ayabe.suigen

番組 https://www.alice-no-irori.com/

 

▽ことし最初の「さんか・さろん」は増田寛也さんです。

・日時:1月21日(火)19時から、Zoomで。

・タイトル:「スローライフとの出会い」

・講師:増田寛也さん(日本郵政社長、スローライフの会共同代表)

・申込:1月18日(土)までにメールで。slowlifej@nifty.com

・参加費:会員1000円、一般2000円。支払い方法はお申込の際お問合せ下さい。

 

 増田さんと当会のお付き合いは、はるか昔、増田さんが岩手県知事の時代に遡ります。「スローライフとの出会い」をどのように語られるのか。そして、今年を、これからをどう見つめるのか。お話をうかがって、皆で意見交換したいと思います。

詳しくはこちらから https://www.slowlife-japan.jp/2025/01/07/%ef%bd%93-332/

 

▽「スローライフ瓦版」にご投稿ください。

 次号は1月23日(木)締切で28日配信です。その次は、2月6日(木)締切で2月11日配信です。500字以内、写真付き・2回連載も歓迎です。会員以外で投稿希望の方はお問い合わせ下さい。

 

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〒160-0022 東京都新宿区新宿2丁目12番13号

新宿アントレサロンビル2階「スローライフの会」

メール slowlifej@nifty.com 電話090-7433-1741(野口)

 

※ご連絡はなるべくメールでお願いします。

※活動詳細はホームページからご覧ください。

http://www.slowlife-japan.jp/