スローライフ瓦版 2026.10.27 第769号、川島英樹さんらコラム多数。

 サイバー攻撃など、どこか遠い世界の話かと思いきや、この瓦版の配信会社のサーバーも被害を受け、先号(10月13日配信)は、一部の方にしか届けられませんでした。ご迷惑をおかけしたことを、お詫びいたします。「個人情報漏洩」が日常茶飯事になった感のある日々。読者のみなさまも、どこでどんな「被害」を被っているやもしれません。いま一度、ご確認、怠りなきよう。

*写真は北海道旭川市の上野ファームで採れたカボチャたち。

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●会員の方からの投稿をお待ちしています。次回は11 月5日(木)が締め切りで、11月10 日(火)に配信します。

『緑と絆の木陰』

PHP

  川島英樹 (せたがや文化財団)

 小ぶりの雑誌を懐かしく思いだしたクチである。

 コンピューター・プログラミング言語の脆弱性の問題と言われてもまったくピンと来なかったが、情報漏洩の話がしきりに世間を賑わせている折、世界中のウェッブサイトの約7割で使われていると聞けば、他人事ではないと分かる。わが職場でも、影響があった部署もあった。何のことやらチンプンカンプンなまま、バタバタすることになった。

 この情報を得たのは、高市総理のおかげである。初めて知ったのは、PHP問題そのものではなく、首相がSNSで異例の発信をしたという深夜のニュースだった。営業時間にお構いなく、突然起こる問題であること、そして首相というポジションの持つ影響力を改めて感じることになった。首相の動静には関心なかったが、フォローしようかと一瞬思ったくらい……。

 さて、ついでに調べてみると、雑誌PHPは健在。PHPが新書などの出版活動をしているのは知っていたが、松下幸之助が創刊した月刊誌が続いているとは思っていなかった。コンピューターに明るい職場の若者は、こちらのPHPに首をひねっていた。

 ちなみに、PHPは「繁栄によって平和と幸福を(Peace and Happiness through Prosperity)」である。「世界中に平和と繁栄をもたらせるのはドナルドだけ」と言った首相がいたが、幸福もよろしくお願いしたい。

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スローライフ川柳  9  題「懐く」

 AIが懐くふりして真後ろに      昌善

 (評) そう、そっと優しく静かに、あなたの後ろに。怖い。

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<あっちこっちで多事争論>

四谷のヤギ

  金井紀光 (東京都新宿区 スローライフの会会員)

 JR四ツ谷駅の空き地に最近、ヤギがいます。除草のために期間限定で飼われているとのことです。ヤギにも草の好き嫌いがあるようで、一気に除草は進みません。むしろ職員がエサやりをしています。それにしても見物人が多く、ヤギ2頭に癒されています。

今生の別れ

  笠原俊典 (滋賀県長浜市 持専寺住職)

 ひとにはいつか「今生の別れ」がやってきます。それは祖父母や両親とだけでなく、嫁や子たちとも。

 先月、老母が特別養護老人ホームへ入所した方は、その晩は一晩中泣いていたそうです。私もまた、思い出したように繰り返し繰り返し、母の後ろ姿が浮かんで来ます。それが別れじゃなくても、特別な想いが残っています。それがほんとうの別れであったなら。

 ある末期患者さんは、入院前の7月初旬に「行っとこうか」と夫に告げたそうです。ご自身の最期がわかっていたのでしょう、ご兄弟のいる北陸に、意を決して出向いたとのことでした。どんな想いだったでしょう。

 他方、最近めっきり衰えを感じている、という外来にみえた方は、今まで考えたこともなかったとを口にされました。「(ここで看取られた)お父さんはすでにそういうことがわかる状態でもなかった。私もその時がくる前にわからなくなってしまった方が……」と。「今まで生きてきたことに悔いがある訳でもない。感謝もしている。でも、悲しい」とも。そして、少し間を空けて、「今日は良い課題をいただきました。一度、考えてみます」と話しました。

スダチの話

  太田民夫 (神奈川県 スローライフの会会員)

 スダチが届いた(写真)。川崎市北部の南斜面に住む親戚の家でできたもの。

 お礼の電話をした。このスダチの来歴を聞き豊かな心になった。40年前に、スダチが特産品である徳島県の営林署にいた人物から種を少なくした品種改良のスダチの苗をもらい、日当たりのいい庭に植えた。10年ぐらいして実をつけ、30年をすぎると実もたわわになった。人間と同じで30半ばごろが大きなエネルギーを持つようだ。スダチの世話は暑い日は「水をあげる」ことが大事だという。

 同じ苗は約10m離れている隣の家にも植えた。ところが隣は枯れてしまった。なぜ、一方は成長を見ずに消え、他方は実がなったのか。親戚は続ける。「隣が植えたところが粘土質だった。粘土質の土だと固く、水を通しにくい。うちの庭の土は山砂で水はけがいい」。関東ローム層があり、その下は粘土層、さらにその下に山砂の層がある、という。土壌次第で生死を分ける。

 スダチはミカン科。ミカン科には柚子も属している。柚子は種から育てると20年経っても「実ができないものもある」。同じ仲間でも育ち方が違う、という。

 スダチを薄切りして(親戚がつくった)みそ汁に浮かべる。料理にかければ、すっきりした新鮮さだ。生きものは微妙なことをかいくぐって生きてきている。

「時間」とは何ものなのか ~安息の地を求めて~

  中野修 (大阪府豊中市 スローライフの会会員)

 いつしか訪れた港街の美術館、ゴッホの作品が脳裏によみがえる。描かれた夜空の月がぐるぐるまわって見える。星たちもぐるぐるまわっている。絵画を見ているわたしもまわる。1年、1日、1分、1秒……、「決められた時間」に合わせてみんながまわる。

 ふと考えてみる。時間の効率化を求められる社会のなかで、わたしは時間にふりまわされてはいないか。もっと速く、もっと無駄をなくす。そのこと自体を否定するつもりはない。事実、日々の暮らしのなかで時間を便利に使う場面は多い。その一方で、ゆったりと「思うままの時間」を過ごすことがあってもよい。

 要は、「決められた時間」と「思うままの時間」の双方を行ったり来たりできればよいのだが、現代社会は「決められた時間」で埋め尽くされようとしている。

 19世紀に描かれたゴッホの月や星たちは、今も自由にぐるぐるまわっている。

*写真は大阪ステーションシティの「時空(とき)の広場」。

「水源の里・水梨」便り

  阪田雅之 (京都府綾部市 スローライフの会会員)

 今年も色々あったけど、なんとかボチボチの成績で米の収穫ができました。

 村の「秋祭り」は、これまでは戸主だけの参加だったものを全員参加にと呼びかけ、奥様方にも来ていただき、ささやかながら皆で会食できました。これまで女性が不参加だった理由は、夫婦で参加すると不公平が生じるから。また、かつては当番のご家庭での手作りの汁物や漬物、副菜など数が増えると余計な負担をかけるから、でした。戸主世代の親たち、舅・小姑への遠慮も大きかったと思います。

 今回は皆でお弁当です。参加しないお年寄りにも負担をいただいてお弁当を配食すると、お年寄りたちは寄り添って「若い者」に気を遣わず楽しく会食をされました。気兼ねなく、後ろめたさもなく会食できる楽しいひととき。時間はあっという間に過ぎていきました。今春移住してきた母子ももちろん参加してくれて、お嬢ちゃんも、しっかり村の宴に花を添えてくれました。

 祭りが終わり、村の女性たちがお花畑の手入れを行いました。土を起こし、畝のラインを決めたら「くん炭」をすき込み、もう一度畝立てをします。満開のコスモスの横にはかすみ草の種が蒔かれました。集落の方が作ったカボチャ飾りが公民館横で笑顔です。

【廃炉のこと Q&A】 その4

Q:「燃料デブリ」の取り出しなんてできるの?

A:「燃料デブリ」を勝手に定義すれば「取り出し完了」にすることはできてしまいます。

 「燃料デブリの取り出しは困難で危険だから、むしろそのままにした方がいい」という意見があります。逆に「遠い将来でも燃料デブリは取り出すべき」という意見も耳にします。

 でもちょっと待ってください。そもそも「燃料デブリ」とは何か。溶け落ちた核燃料を含むコンクリートや土や金属のどの範囲までを「燃料デブリ」として取り出し管理するのか。それが決まっていないのです。定義が定まっていない以上、取り出せるとも、取り出せないとも言えません。

 政府と東電のロードマップでは燃料デブリを「燃料と被覆管等が溶融し再固化したもの」と説明しています。では被覆管以外の部材や土と混ざり合った燃料は「デブリ」ではないのか? それも決まっていません。

 つまり、ほんの数グラム~数キロの燃料の塊を取り出して「〈燃料デブリ〉とはこの塊だけです。だから取り出しは終了しました」と言うことも可能なのです。

〈ぶつけてみたいこの質問〉

 新聞やニュースを見ていると「880トンの燃料デブリ」というフレーズを見聞きすることがあります。でもこの880トンという数字も、溶け落ちる前の核燃料の量をもとに計算しただけの数字です。1Fでは核燃料が溶け落ちて、コンクリートや金属、土などと混ざり合っていますから、これら混ざり合った物質全部を含めたら到底880トンでは収まりません。本当なら「最低でも880トン以上」というべきところです。

 東電や政府の担当者と「対話」する機会があるなら、「土に混ざった核燃料は燃料デブリとして取り出しや管理の対象にするのですか?」と聞いてみてください。「どの程度土と混ざった燃料があるかも含めて今後調査が必要」などと回答がくるかもしれません。こんな回答ならおかしいですよね。「土に混ざった燃料の量」を聞いているのではなく、土に混ざった核燃料を「燃料デブリとして取り出し対象にするのか」と聞いているのだから。論点をすり替えた回答に気を付けてください。

『スローライフ曼荼羅』

手作業・アナログ

  野口智子(ゆとり研究所 スローライフの会共同代表)

 今月初めの「ワイン祭り」(北海道池田町)で女性グループが行った、「手作り工作」体験が好評でした。子どもも大人も時を忘れて、工作に集中。やっぱり手作業が大事だなあ。ということを書こうと思っていました。そこに、「アナログナース」なるテレビ番組が始まったのです。スマホを持たない、紙の新聞を読む主人公が、AIとロボットが手術もしてしまう、最先端病院と戦うストーリです。手技や五感がAIに勝つ、という設定が、ちょうど「PHP騒動」「サーバー攻撃」のニュースと重なりました。

https://noguchi-tomoko.com/post-11385/

 

■■つべ小部屋■■

流される人々

  つぼいゆづる (スローライフ瓦版編集長)

 20日の神野直彦先生の「さんか・さろん」で触れた話だが、改めて明記しておく。

 「社会課題に関する日米独3カ国意識調査」―生活者、働き手、消費者、投資家、有権者としての個人の意識について、である。経済社会システム総合研究所(IESS)のKAITEKI未来研究会がことし1月21日に公表した。

 それによると、日本は米独に比べて、国の行政(閣僚・行政機関)への信頼度が著しく低い。それなのに、「望ましい社会をつくる主体」は何かと問われると、米独の1位が「国民一人ひとり」なのに対し、日本は「政府・自治体」がトップになっている。信頼していない政府に、社会をつくる役割を担ってほしい、という結果に驚くほかない。さらに、米独は2位が「政府・自治体」なのだが、日本の2位は「企業」だ。日本では3位にやっと「国民」が出てくる。

 筆者はかねて、日本人が主権者である国民みずからの力で社会を良くしてゆく意識の低いことは、「水戸黄門好き」に現れていると指摘してきた。「この印籠が目に入らぬか」という決め台詞で、悪党がひれ伏すのは、要するに「お上頼み」、権威に頼る世直しなのだ。米国は「保安官モノ」、とくに市民の代表者である保安官を、みんなで助けるといった話に人気がある。この違いは明らかに、それぞれの国民性を象徴している。

 この国の人々は「誰かが、どこかで、私に都合よい社会にしてくれる」という「お任せ民主主義」を、いつまで続けるのだろう。昨今の政治状況を見るにつけ、主権者の自覚を欠いたまま流される人々が日に日に増えているように思えてならない。

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*調査は3カ国で、18歳から69歳の個人を対象として(日本は15歳~79歳について調査し、3カ国を比較する際は18歳~69歳のデータを用いた)、性別、年齢、居住地域の3要素について母集団の構成比に合うように調整しつつ、インターネットで回答を得た。回答者数は日本 約2,000人(18歳~69歳。15~79歳では約2,500人)、米国、ドイツはそれぞれ1,200人。

〈編集室だより〉

▽神野直彦さんの「さんか・さろん」は好評でした。

 複数の会員から「久々の神野節、懐かしくも頼もしかったです」「実に良かった」「高額の有料講演会の内容だった」「愛と正義に心打たれました」などという感想が届きました。

 神野先生の早口の語りと、マイクの性能の低さで、話の一部が伝わらなかったかもしれませんが、質問者としてはとても面白いお話が聞けたと思っています。先生が最も強調したかったのは、社会は3つのサブ・システム①経済システム②社会システム③政治システムで構成されており、すべての人々は「一人三役」をこなしている。つまり、経済システムでは「生産活動に従事する生産者」、社会システムでは「家族を構成し、生活を営む生活者」、政治システムでは「被統治者であると同時に統治者」です。そして、それぞれの行動原理の動機付けは、経済では「利益」、社会では「愛」、政治では「正義」なのです。ところが、昨今の状況は、社会も政治の「利益」が動機付けになってしまっている、これは健全ではない、ということでした。そうなのです、お金、儲け、稼ぎばかりを追及するのではなく、「愛」や「正義」が大事なのだと、教えられました。最後に改めて、筑紫哲也さんの言葉を引用しておきます。

「それで人間は幸福になるのかと、必ず問え」

(「さんか・さろん」の聞き役を務めた、つぼいゆづる)