スローライフ瓦版  2026.8.25 第765号、神野直彦さんらコラム多数。

 「いま世界は戦争のなかにある」。国際政治学者の藤原帰一氏が19日付の朝日新聞に寄せた「時事小言」の書き出しです。どう思いますか。私たちは直接的な攻撃におびえてはいないけれど、すでに戦争に巻き込まれているという認識をお持ちですか。それとも、バカなことを言うなと一笑に付しますか。戦後81年の夏が過ぎてゆきます。

*写真は広島平和公園のキョウチクトウ。8月6日、会員・金井紀光さん写す。

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●会員の方からの投稿をお待ちしています。次回は9月3日(木)が締め切りで、9月8日(火)に配信します。

『緑と絆の木陰』

遠慮

  神野直彦 (東京大学名誉教授 スローライフの会顧問)

 葉月は季語では、秋である。私は毎年、葉月になると、心穏やかな「明鏡止水」の心境に耽ることができる。都会の喧騒を逃れ、長野県大町市にある木崎湖の湖畔で、緑と水に抱かれながら、ゆっくりとした時の流れに身をまかせるからである。

 大正デモクラシー期に後藤新平と新渡戸稲造が通俗大学運動を起こす。「通俗」とは学問を広く大衆が学ぶという意味である。この通俗大学運動によって、長野県に信濃通俗大学会が結成され、私はその理事長を仰せ付かっている。後藤と新渡戸の浄財をもとに、木崎湖畔に学舎を建設して、デンマークに学んで毎年、8月1日から始まる夏期大学を開催している。第1回目の講義は、大正デモクラシーを指導した吉野作造が務め、来年で110 周年を迎えることになる。

 木崎夏期大学は私にとって、明鏡止水の心境に耽りながら、最先端の自然科学、社会科学、人文科学を学び、「遠慮」することのできる、至福の時となる。もちろん、「遠慮」とは「遠く未来を見通して、深く考える」という本来の意味での「遠慮」である。

 孔子は『論語』で、「遠慮なければ近憂あり」と諭している。長期的視野で物事を考えなければ、目先の心配事に引きずり回されてしまう、という教えである。「近憂」は金融に通じる気がする。金利や株価などの動きにのみ心が奪われ、人間の社会のあり方を長期的な視点から考えようとすることのない現在への警告だと思えてならない。目先の利益のみを、「今だけ金だけ」と追い求め、「遠慮」を怠れば、未来は失われるばかりとなってしまうからである。

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スローライフ川柳 5  題「らくだ」

 

 地図などは知らぬらくだが立ち上がる  美保子

 

(評)のそりと動き出す瞬間を、ほんわかと活写して楽しいです。

 

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<あっちこっちで多事争論>

熊本地震で夫の実家が被災

  赤坂伸子(長崎市 Café+G 燈家 AKARI-ya)

 7月28日に起きた地震で熊本市南区にある夫の実家が被災しました。震度6強の揺れで建物や家財に被害が出ましたが、幸いにも義母と義姉は怪我もなく無事でした。

 最初の地震で直ぐに連絡すると「台所の食器棚が倒れてぐちゃぐちゃ! 玄関の扉も窓も開かない! また揺れてる!」と切迫した義姉の声。何より高齢の義母が心配で、翌日に取るものも取り敢えず車で二人を長崎へ連れて来ました。

 長崎滞在中に後のことを相談し、3日後に熊本へ一緒に戻りました。家は断水していましたが電気は大丈夫だったのでエアコンの効いた休憩部屋を作って1,2時間毎に休みながら片付け作業をしました。倒れた食器棚から飛び出した食器類は、よくもこんなに粉々になるものだと思うほどの壊れよう。窓ガラスが割れたり外壁が剥がれ落ちたりで、10年前の地震の時より被害が大きいようです。

 一概には言えませんが、同じ熊本市でも実家のある南部以外は普段と変わらない風景。少しの位置の違いで隣接する宇城市や宇土市、八代市は大きな被害が出ています。

 那須(栃木県)に住んでいた時に東日本大震災を経験し、それ以前の生活に戻すのに長い時間を要した覚えがあります。少しでも早い熊本の復興を願います。

 

かけがえのない人生

  前原民子 (東京都杉並区 スローライフの会会員)

 月に一度、飛騨・高山の施設にいる90才の母に会いに行く。東京から片道5時間かかるが、母の元気な顔を見るとホッとする。

 実家で昔の写真の整理をしていたら、母の若いころの写真や、飛騨の女性史と郷土料理の掘り起こしで活躍していたころのスナップが出てきた。

 そうだ! これを母に見せたらなんて言うだろう? と喜び勇んで持参した。

 「わあ、こんな可愛いのがあったの⁈」と喜んだのが、3,4才の私と写っている写真。母がまだ20代のころだ。もう一枚、俳優の山下真司さんが「食いしんぼうバンザイ」の取材で高山にいらしたとき、女性史学習会の仲間たちで郷土料理を振る舞った際の記念写真。施設のスタッフさんたちが驚いていた。「加代子さん、そんなことされてたの。綺麗やなあ」

 いまは車椅子に乗って髪を短く切り揃え、背中の丸くなったおばあちゃんだけど、母にもこんな時代があったのだ。私は母の面目躍如ができた思いがして嬉しかった。

 そう、すべての人にその人らしく暮らし輝いていたときがあるはずなのだ。

 次回の訪問では、紙芝居と大型絵本を読む予定だ。みなさん、認知症の患者さんとは思えないほどのヴィヴィッドな反応をしてくださるのが今から楽しみだ。

十津川“谷瀬”の最近の情報

  馬場健一 (奈良県十津川村 スローライフの会会員)

 熊本地震の発災後、熊本の知人に連絡。現地の状況を尋ねると、熊本市内のライフラインは大丈夫だが、災害対応に奔走しているとのこと。現地被災地の情報が更新される度に、私も「もう一度、たら、れば」の考えでの備えの徹底の重要性を再確認しております。

 さて、奈良県十津川村も夏本番となり、地域産物の生産活動や新商品の販売、地域住民との交流イベントなどの活動を実施しています。

 奈良女子大学生と地域住民の協働での酒米の田植えや梅の収穫作業、「ほしかいも」の原料であるサツマイモの植え付け、販促ツールであり新酒の完成を知らせる目印とされる杉玉づくりなど、都市部の若い女性の協力をいただきしました。

 昨年収穫した梅を半年以上、日本酒に漬け込んだ「梅酒」が完成いたしました。ラベルのデザインはもちろん、奈良女子大の学生によるものです。

 最後に、7月の夏休み最初の3連休、谷瀬集落では集落及び近隣や都市部の子どもを含めた「流しそうめん」を行いました。もしかすると、初めて体験する大人もいたのではないでしょうか。テーマパークには無い、手作りのアトラクションで賑わいました。

 

綿の花が咲きました

  坂田啓子 (佐賀市 スローライフの会会員)

5月に植えた綿の種

暑くて暑くてすぐにクタッとなってしまう

なので

朝起きて 1番のお仕事が サーっとお水をやる作業

そのかいあってふと見ると 可憐な花が開いてました

初めて見る綿の花

無農薬で育てる「環り綿プロジェクト」

葉っぱはあちこち虫に食べられ 穴ボコボコになりながら

まだまだ蕾が隠れています

さあ、これからも楽しみです!

 

ぶらっと美術館

  舟越隆裕 (栃木県日光市 珈琲CoCom)

 ここのところ、ふとしたきっかけで美術館巡りを続けています。

 まずは、栃木県立美術館の『HOTCH POTCH〜藤枝リュウジの世界〜』展。私より少し下の世代は、NHKの「ハッチポッチステーション」などで、ご存知の方も多いのではないでしょうか。

 そしてもうひとつは、茨城県近代美術館の『ヨシタケシンスケ展かもしれない』展。たくさんの絵本を描かれている作家さんです。

 どちらもポップで個性豊かな作品の数々に癒されました。おまけに、撮影自由! スマホのバッテリーがなくなるくらい撮りました。帰りには、関連グッズが次々とカゴに入りました。

 美術館は敷居の高い場所と思われがちですが、最近、あちこちの美術館で既成概念を超えたこういうおもしろい企画があります。気軽に足を運べる場所になってくるのはいいことですね。

 さて、次はどこに行きましょう。

荒削りの可能性 若手アーティストの語り

  太田民夫 (神奈川県 スローライフの会会員)

 夏の夕刻、東京・神楽坂で若手アーティスト2人のギャラリー・トークを聞いた。いずれも20代、東京藝術大学大学院でそれぞれデザインと彫刻を学び同ギャラリーに出品している。長谷川彰宏さんはアクリル板にさまざまな色彩の抽象画を、中西凛さんはお菓子の材料を利用した新たな彫刻に挑んでいる。

 司会の文化研究者の山本浩貴さんに促され、2人は話を始める。長谷川さんはアーティストというより、おしゃべり好きの青年。中西さんは一つひとつ言葉を選び、ゆっくり話す。対照的な2人だが、共通しているのはそれぞれの育った環境からいまの作家活動に入った点だ。

 長谷川さんはお寺の出身で、このお盆にも檀家回りをする僧侶でもある。作品は仏教芸術でもテーマとなる「光」。青と赤を基調とした光のさまざまを表現した作品が展示された。

 中西さんは父親が静岡県のお菓子屋さん。お店が終わった夜、厨房を借りてチョコレートなどお菓子の材料を使った彫刻を制作している。中西さんは「同じ釜の飯を食べるように、鑑賞者にも作品を食べてもらう」というのが作品に込めた考え。「いまの作品には満足していない」とも語る。

 両者ともここ数年前に大学院を出たばかり。揺れ動き、迷いながらの発言は荒削りだが、新たな可能性を求める姿勢は新鮮だった。

*写真は右から司会の山本浩貴さん、長谷川彰宏さん、中西凛さん

 

『スローライフ曼荼羅』

お盆休み

  野口智子(ゆとり研究所 スローライフの会共同代表)

 お盆というのは独特の「非日常」があります。実家への里帰り移動や、田舎に戻る人を対象にした催しなど。ふだん、人の少ない地域が急に賑わうものです。ことし8月のお盆、私は京都府綾部市の山里集落の催しに参加しました。参加するのは楽しいのですが迎える側は大変です。「子どもや孫がきてクタクタになった」「村祭りにかり出されて忙しかった」などで、ぐったりでしょう。今ごろ、ようやくほっと休まれているのではないでしょうか。

https://noguchi-tomoko.com/post-11323/

■■つべ小部屋■■

靖国問題をただす

  つぼいゆづる (スローライフ瓦版編集長)

 毎夏、敗戦の日に何人かの閣僚が靖国神社に参拝する。それをメディアは報じ、中国が抗議したり、韓国が遺憾の意を表明したりしていることも伝える。そして「政権幹部の靖国参拝 対外関係損ねる不見識だ」(8月16日付、毎日新聞社説)といった論評もする。ほぼ年中行事化している。

 この光景に筆者は強い違和感を覚える。アジア諸国が文句を言うから、閣僚の靖国参拝はいけないことなのか。これは外交問題なのか。「これ以上、中国を刺激するな」とか、逆に「居丈高な中国に屈するな」といった話なのか。

 違うと思う。あくまで諸外国の反応は副次的な産物であり、核心は国内問題そのものだと考える。だから許せない。

 政治指導者の靖国参拝が罪深い理由は、なぜ彼らは軍国主義の支柱であり、A級戦犯が合祀されている靖国に、あえて節目の日に、これみよがしに行くのか、なぜ戦死者を「英霊」と呼ぶのか、を考えれば、おのずと見えてくる。

 そこには「国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ」(戦後五十年の村山首相談話)たことへの反省はそっちのけで、「国のために戦って死ぬのは尊いことなのだ」という主張がこもる。単なる慰霊にとどまらず、あの戦争での死は決して犬死にではなかった、立派な最期だったのだ、と賛美したいのだ。

 遺族が犬死にではなかったと思いたい気持ちはわかる。だが、政治指導者が戦死を美化するのは危うい。小泉進次郎防衛相の参拝は、自衛官に対する「君たちも戦死したら、ここ靖国で英霊になる」というメッセージそのものだ。2年前には陸上自衛隊の幹部らによる集団参拝もあっただけに、自衛隊と靖国との近さは看過できない。

 そして、この先には国民に向かって、「また戦争になったら、お国ために命を懸けて戦ってくれよ」と言い出し、そのために靖国神社を使う政治家が群れなすように思えてならない。

 この嫌な感じは、戦没者追悼式で「反省」を口にしない高市政権のもとで、さらに強まった。だから閣僚らの靖国参拝に抗議し、一人で叫んでいる。

 戦争は絶対悪だ。お国のために死ぬなんて嫌だ、真っ平ごめんだ、と。

<編集室便り>

▽8月18日の「さんか・さろん」が好評でした

 タイトル:「海外に広がるよさこい。鳴子踊りは平和賞をめざせるか?」、講師は川竹大輔さん(よさこい研究者、スローライフの会会員)。「さろん」初の海外からの参加者、クアラルンプールからのゲストスピーカー(エドワード・リーさん)もあり、お話は一気に国際的に。「よさこい」は世界各地に広がっているのです。

 いずれYouTubeに公開します、暫しお待ちください。

スローライフ川柳を募集します

 今号で第5回を迎えた「スローライフ川柳」に、みなさまの作品を募集します。川柳は「5・7・5」が基本で、「季語」はいりません。思ったこと、感じたことを素直に詠んでみてはいかがですか。現代川柳の師匠によると、俳句との違いは、「俳句は風景描写、川柳は心の描写」だそうです。

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