きょう、9月9日は「重陽の節句」です。雛祭りの桃の節句(3月3日)、子どもの日の端午の節句(5月5日)、七夕の節句(7月7日)に比べれば、いささか地味ですが古くから不老長寿や繁栄を願う行事が営まれてきました。長尻(ながっちり)の炎帝さまをお見送りがてら、今宵は菊酒を堪能しつつ、栗ご飯や秋茄子をいただきましょうか。*写真は幸せを運ぶ鳥といわれるイソヒヨドリ=8月、大磯にて、Hira-san写す
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『緑と絆の木陰』
イチゴ―とサンサン
斎藤睦 (地域総合研究所顧問)
エレベーターの中で、ダンボール箱を抱えた宅配便のお兄さんが、「イチゴ―、イチゴ―…」とつぶやいていた。
思わず、「イチゴ―って、何ですか?」と聞くと、季節の話だった。
これまでの季節は、春夏秋冬と3か月ごとに移り変わっていたから「サンサン」で、これからは「イチゴ―」になるのだという。つまりこれからの季節の推移は、春・秋が1か月で、夏・冬が5か月になるから「イチゴ―、イチゴ―」だと、大汗を拭きながらエレベーターを降りて行った。
それを聞いて、なるほどと納得してしまった。
日々、気候変動の話題が取り上げられているけれど、それを「サンサン」と「イチゴ―」と表現することで、私たちの日常がどれほどの大変化に見舞われているかが、じんわりと心にしみた。
私たちの生活は、とくに日本は四季の移り変わりがはっきりとしていて、「サンサン」の中で土を耕し、漁にいそしみ、子育てをし、時に書を読み、旅に出かけるといった、暮らしを営んでいた。満開の桜や紅葉に人生の盛りとはかなさを感じ、数々の季語が生まれ、季節にこと寄せた暮らしを送ってきた。それが「イチゴ―」になる? それは「スロー」の根拠をも、揺るがすのではないか?
それ以来、この言葉が頭から離れない。
<あっちこっちで多事争論>
「保守」とは何か 福田・元総理の一言に学ぶ
熊倉浩靖 (高崎商科大学特任教授)
前号の「つべ小部屋」の「ある自民党員の妄想を妄想する」に同意です。
私自身は自民党員でも党友でもありませんが、群馬県連の国会議員や県会議員とは時々意見交換をしていて、同様な感じが彼らからも伝わってきます。
8月に朝日新聞に載った福田康夫・元総理のインタヴュー「戦争回避へ尽くす それが役割」にも、そんな思いがにじみ出ていました。参院選で「排外主義」が関心を集めたことに、「一過性のものかもしれない。ただ、そうでないなら、歴史を勉強せず、ものの道理がわかっていないと思う」と指摘しておられました。
昨今、「保守」への対抗軸として、リベラルではなく、「穏健保守」という言葉を耳にする機会が増えました。熟した言葉ではないかもしれませんが、なるほどと、感じ始めています。
なぜなら、自称「保守派」は本当に「保守」なのでしょうか、と思うからです。私には大日本帝国回帰派(日帝回帰派)に見えます。彼らの言う「伝統」の多くは大日本帝国の国制と、それを裏づけるために作りあげられた神話にしか根を持たないように思います。アジア・太平洋諸国への侵略行為はなく、帝国主義間の戦いで不本意ながら米国に負けただけという国家観さえ持っているようです。
こうした国家観に再び巻き込まれないためには、もっと歴史を学ぶことが大切です。その点でも、福田元総理の「戦争をしてはいけないと口で言うのは簡単。過去の記録や証言から、いかに自分ごと、自国のこととして捉え、想像力を働かせることができるか。まだ覚悟が足りていないように思う」という発言の重みを心に刻みたいものです。
共同作業は効率的!?
馬場健一 (奈良県十津川村 スローライフの会会員)
谷瀬の酒米をつくり始めて11年目です。6月後半に奈良女子大の学生と酒米の田植えをしました。順調に生育しています。今年は田植えと併せて梅も収穫しました。梅はていねいに水洗いして、ヘタも取り、既に「日本酒の梅酒」(リキュール酒)として漬け込んでいます。来年6月頃には完成しますので、ご期待ください。
さて、今回は昔ながらの共同作業の効率についての話題です。
私の子どもの頃の田植えは、集落内の各農家を日替わりで周り、労働の交換として「結作業」が行われていました。現在のお米づくりは、機械化が進んだことにより、「結作業」は見られなくなり、残っているのは、共有スペースや里道周辺の草刈りを行う道普請(みちぶしん)程度となっています。
毎回、大学生や都市部の方々との共同作業で、「わいわい」「がやがや」しながらも、気づけば作業が進んでいといった感じです。1人で1時間の仕事は1人時、10人で1時間すれば10人時となるはずなのですが、実際には10人+α時になっているように感じます。感覚だけの問題なのでしょうか? 1か月もすれば、稲刈り、はざ掛け作業が始まりますので、確かめてみようと思います。

「小さな町村」から学んだもの
竹見聖司 (兵庫県丹波篠山市役所)
8月22日~24日、長野市において全国から300人近い自治体職員、研究者、NPO関係者らが集まり、第39回自治体学会長野大会が開催され、参加しました。
なかでも興味深かった分科会が「非合併から20年の自主・自律~小さな町村から何を学ぶか」です。長野県最南端にある平谷村は県内で一番人口が少なく、直近で378人ですが、子育て・教育に力を入れ、社会増・人口増を実現している。公民館での活動を中心に村への帰属意識を高め、地域を支える人材を育むことに力を入れているとのことでした。
そんな平谷村の西川清海村長で印象的だったのは、「大きな自治体では、部署を横断して課題に取り組むことが大切とされているが、小さな自治体では当たり前のこと。一人の職員が何役もこなしながら対応している」とのコメントでした。
それぞれの職員さんは大変かもしれないが、住民の皆さんの「笑顔」という対価によって、きっとウェルビーイングを達成しているのではないかと感じました。
今一度、本当の豊かさとは何なのかを考えるきっかけになり、少し勇気と元気をいただいた今夏の自治体学会でした。

巳年の弁天様縁起 (上)
八巻史恵 (静岡県東伊豆町 スローライフの会会員)
宮城県石巻市にある金華山黄金山(きんかさんこがねやま)神社の大祭に参詣した友人から「お姿」を頂戴し、飾った夜、夢枕に弁天様があらわれたので、今年の己巳(つちのとみ)の日にご縁を結びたいと考えていました。その矢先、旧友より熱海でランチのお誘いがあったので、近くの弁天様を調べました。
心に留まったのは、弁財天女堂(熱海市、写真)で、明治の神仏分離令により、江の島から避難した弘法大師所縁の弁天様という由緒書きと岩倉具視や三条実朝など時の偉人が参詣されていたということもあり、混沌とした現世と重なるなと感じながらお参りに行きました。
観光で賑わう来宮(きのみや)神社を後目に梅園方向に歩くこと数分で到着。お堂は閉ざされ、「お姿」は見られず残念でしたが、静かに祈ることは叶いました。その日は、己巳の翌日でした。今年の己巳の日は、あとは10月27日と12月26日。どちらかに再びのご縁があるといいと思いながら参道を下りました。
来宮神社の華やかな参道の喧噪と、苔むしたお堂の沈黙。ふたつの景色のあいだに、『平家物語』が語る「盛者必衰」の響きが聞こえるようです。それは滅びの定めではなく、移ろい続ける世の姿そのもので、熱海が復活したように、弁財天女堂もまた、いつか人々に新たなまなざしで見つめられる時が来るかもしれないと感じました。

心・技・体の国技!
佐藤義孝 (東京都 スローライフの会会員)
相撲人気の勢いが止まらない。今月14日から始まる秋場所(国技館)もチケットが既に完売したとのことである。
いま、私が二拠点生活をしている長野県東信地方に「史上最強の力士」と言われる雷電の生家がある。雷電為右衛門(1767年〜1825年、身長197cm、体重188kg)は信州大石村(現在は東御市)の生まれ。巡業で来ていた浦風一行に見いだされ、1784年(天命2年)に17歳で江戸相撲に入門〈その前年には浅間山が大噴火〉、23歳で関脇、28歳で大関となりその後16年間大関を勤めた。惜しまれつつ引退したのは、なんと44歳の時だったという。
当時は年2場所で、計35場所に出場し、28回優勝。その間の負け数は僅か10。しかも彼には張り手、かんぬき、突っ張りが禁じ手とされた。相手が怪我をするからという理由で。(この成績にもかかわらず、横綱になれなかったのには諸説がある)
東御市の浅間サンライン沿いにある人気の道の駅「雷電くるみの里」近くに生家が保存されている。道の駅には銅像(写真)と資料館もあり、その功績を称えている。
雷電が今でも多くの人々に愛されているのは、その抜群の力と技のほか、学才に富み、豊かな人間性を持っていたことが魅力となっているといわれる(資料館のパンフレットより)。相撲は「心・技・体」。それでこそ「国技」にふさわしい。

水俣病事件は続く
太田民夫 (神奈川県 スローライフの会会員)
戦後80年「間」で忘れてならないのは水俣病事件だ。この病気の原因となる工場排水を流し続けた熊本県水俣市の当該企業や、それを放置していた地方自治体と国の行政のあり方が根底から問われた。
工場排水に含まれていたメチル水銀を魚介類が摂取し、それを食べた地域の人々が中枢神経を破壊され、家族が次々とこの病に苦しみ、亡くなる。胎児にも広がった。患者の発生は昭和31年(1956年)。
地元で暮らす石牟礼道子が「苦海浄土」という作品で、水俣病の赤裸々な実態を描写している。二丁櫓舟(夫婦二人で櫓を操る)で漁に出ている妻が発病。「うちは情なか、箸も握れん、茶碗もかかえられん、口もがくがく震えのくる」
石牟礼は水俣病で死亡した女性の解剖にも立ち合った。同書では「全身痙攣約30秒ないし1分続きついで猫は起き上がり付近を走り回る。止まることを知らず壁にぶつかる」と熊本医学会雑誌(昭和32年1月)を引用、当時奇妙な動きをした猫が海に飛び込む例を報告している。
水俣病は遺伝ではないし、感染症でもない。しかし、今年に入って教材会社や地元熊本県下の自治体の誤記が明るみに出た。無関心と時間の経過が水俣病の本質を薄れさせている。しかし、現実は水俣病の認定作業、加害企業の補償は続いている。
『スローライフ曼荼羅』
東京ドリーム
野口智子(ゆとり研究所、スローライフの会共同代表)
これは現在開催中の夫、金井紀光写真展のタイトルです。故郷を離れ、夢見てやってきた東京とは、豊かな暮らしとはこんな程度のものだったのか? というような作品が並びます。巨大なショートケーキのオブジェの前でポツンと座る少女、輝いていても温りのない光の中の家族、帽子までかぶせられたペット犬のとろけた顔。金井は「過ぎた欲望」「娯楽の消費」と語ります。なるほどと思いました。
https://noguchi-tomoko.com/post-10901/
■■つべ小部屋■■
これが「石破らしさ」なのね
つぼいゆづる (スローライフ瓦版編集長)
「解党的出直し」。石破首相は7日の辞任会見でも、2日の自民党両院議員総会でも、この言葉を口にした。だが、それは本当に口にしただけだった。
幹事長ら党3役が辞意を示し、孤立無援になっても辞めない首相は、ひょっとすると8日の総裁選前倒しの意思確認を断行して、個々の議員の立場を鮮明にし、党内にある溝をあぶりだすつもりなのか。参院選の敗北を「『石破であれば変えてくれる』いう期待を裏切った」「ある意味で『石破らしさ』というものを失ってしまった」と総括していただけに、最後は「これが石破らしさだぜ」と大見えを切るのか、などと「妄想」した己の能天気さが恥ずかしい。
思えば、岸田さんでは選挙に勝てないからと、すげ替えられた党総裁だった。それが衆院選、都議選、参院選で惨敗し、すでに「用無し」だった。首相在任1年弱の間、裏金問題も旧統一教会との関係も何ら究明することなく、臆面もなく企業団体献金の死守に努め、原発回帰のアクセルまで踏みこんだ。一方で、選択的夫婦別姓には目を向けず、戦後80年談話も尻すぼみ。これでは安倍、菅、岸田政権の路線とほぼ同じではないか。
それでも辞め際に「心残り」と言い募る。実はこれこそ、つまり口では何とでも言うというのが「石破らしさ」なのだと念を押すような辞任会見に見えた。同時にその姿は、かつて政治改革で党を割った活力を失い、世襲議員の跋扈で人材が枯渇し、衰退し続ける自民党そのものを体現していた。
追記:阪神タイガースの優勝に酔いしれたい夜に、辞任なんかするんじゃないよ、との思いを込めて書きました。
<編集室便り>
▽9月16日は長崎県・雲仙市長の「さんか・さろん」です。
10月の「スローライフ・フォーラムin雲仙」(市制20周年フォーラム)に向けて、雲仙市の金澤秀三郎市長からお話をうかがいます。9月16日(火)19時から。
詳しくはこちらから https://www.slowlife-japan.jp/2025/08/25/%ef%bd%93-355/
10月11日(土)・12日(日)のフォーラムにむけて、参加者を募集中です。
詳しくはこちらから https://www.slowlife-japan.jp/2025/08/26/%ef%bd%93-349/
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